5月5日(木曜日)Ver.2

◆5月5日

中澤です。
約50数年前の今日は私がグライダーの練習を始めた日です。
高校1年でした。それから高校、大学とグライダーを続け、ついでにそのままモータグライダーを使ったクラブを作り、なんと現在に至っています。

大学生になった時、大学の航空部に入ろうと思ったのですが、その時点で大学3年生と同じくらいの経験を積んでいたので、双方うまくいかないだろうとそのまま読売新聞が後援する学生航空連盟に所属していました。

最近でも、トレーラーを引っ張って妻沼滑空場に行っていますが、大学生の頃から生活が変わっていないなと我ながらあきれた人生です。

ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、私の父親はグライダーの製作者でした。
その影響を受けて、練習許可書が取れる高校1年で練習を始めたのです。
子供の頃から父親が作るグライダーを見て育ったのですが、いざ練習を始めると操縦の適性が無いのか、さっぱりうまくならない日が続きました。
同期に、全日空のハイジャック事件で命を落とした長島直之がいて、彼は同期40名の中で最初にソロに出たのですが、私は同期最後だったと記憶しています。
ちなみに、ファースト・ソロは次の年の7月14日でした。
子供の日に練習を始めて、パリ祭(ちょっと古いかな?フランス革命記念日)にファースト・ソロでした。

大学時代は筑波山の麓から離陸し、真冬の西風を利用した筑波山の斜面風で5時間、獲得行動1000mの飛行をしていました。
大学時代はほとんどの時間をグライダーに費やしていました。
JMGCを始めたその2年後、ドイツで50kの距離飛行を飛ぶ事ができ、銀C賞を獲得できました。

大学卒業間際、父親からその当時飛ばずにいたRF5とRF4Dを使ったクラブをやらないかとの誘いに乗って、その時点で操縦士と教育証明を持っていたので、クラブでのインストラクターから現在に至っています。

マーよく飽きずに続けてると、我ながら感心する今日この頃です。

↓私が初めてグライダーの練習をした機体「セカンダリH-22 JA0132」@読売多摩川

写真提供:奥貫さん 文:中澤愛一郎

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